エリーのアトリエ
ショートショート1
〜HAPPY BIRTHDAY〜

 その薄暗くぬかるんだ道を、彼女は走っていた。
「はあっ、はぁっ、はぁ、はぁ、はぁ、…んっ、はぁ、はぁ…。」
 十分程度走ったところで、振り返り辺りを伺う。木にもたれ掛かって肩で息をする。
「……。」
 気配はない。どうやら何も追ってきてはいないようだ。
 しかし何から?
 何から逃げているの? 私。
 …違う? 逃げてるんじゃない? どこかへ向かおうとしてるんだっけ?
 どこへ? 一体何処へ?
「……!?」
 なんだろう。胸がざわざわする。
 何かが来ている?
 いや、何かに近づいたのか?
 滝のように汗が出る。冷や汗か? いや暑いのだ。
 なんでこんなに熱い?
「……!!」
 見回すと、いつの間にか火に囲まれていた。
 どうして? いつの間に?
 焦げ臭くもないし、音もしなかった。
「あっ!!」
 気付いたときには、もう火の手は直ぐそこまで迫っていた。
 もう、逃げ場はない。それどころか、足を踏み出すことさえ出来ない。
「うぅっ。」
 半ば諦めたとき、何処からともなく声がした。
「ちょっと!? しっかりしてよ!?」
 しっかりも何も、今の彼女にはどうすることもできないのだ。
「ちょ、ちょっと!? ちょっとってば!?」
 バシッ!
「いたっ!?」
 頬を叩かれた。辺りを見回す、が、人の姿はない。
 人どころか、生き物の姿は何処にもない。
 バシッ!!
「うっ!?」
 さっきより、強烈な一撃が来た。もう一度辺りを見回す、が、やはり誰もいない。
 異空間からの攻撃なのか!?
「こらっ! いーかげんに起っきなさいっよっ!!」
 バチンッ!!
「いったぁいっ!!……あれ?」
 見慣れた光景。
 壁。いっぱいの本棚。薬品の入った調合器具。調合用の大鍋。
「あ? あぁ。」
 間違いない。私の部屋だ。
「おねぇちゃん。大丈夫?」
「え? あ、プルク。」
 声のする方を向くと、机の端に手をかけて黒妖精のプルクが見上げていた。
「う、うん? なにが? って……あれ?」
 見ると、後ろで蹲っている人がいる。
「あれ? アイゼル? どうしたの?」
 アイゼルだ。どうしたのだろうか。
「もうっ! 『どうしたの?』じゃないわよ! あなたが急に起きるから、顎にガーンと頭突きを食らったの! 舌噛み切るかと思ったわよ!」
「あ、そ、そう。ご、ごめんね〜。」
「はぁ、いいわよ。もう大丈夫だから。……で?」
「……え?」
「大丈夫なの?」
「……誰が?」
「あなたよ!」
「……なんで?」
「うなされてたでしょ!?」
「え? あ、あぁ。夢だったんだ、アレ。」
「今更気付かないでよ……。」
「あ、そういえば。」
 頬に手をやる。ほんのりと熱を持っている。ちょっとヒリヒリする。
「あなたが起きないから。」
「そんなにうなされてた?」
「ええ。」
「…あ。」
「どうしたの?」
 自分が汗びっしょりなのに気付く。
 こんなに寝汗をかいていたんだ。
「…ゴメン。ちょっと着替えてくる。」
「? あ、そう。」
「じゃ、ちょっと待っててね。よっ……。」
 立ち上がる。そして、歩きだそうとしたとき――
「エリー!?」
 ふらついて倒れそうになる。咄嗟にアイゼルが支えてくれた。
「どうしたのよ?」
「いや、ちょっと……。」
「? ちょっと頭貸しなさい……ちょっっ、凄い熱じゃないの!?」
「え? そ、そう?」
「こんなのちょっとどころじゃないわよ。ほら、部屋まで行くわよ。」
「いや、大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃないから言ってるんでしょ。ほら行く。直ぐ行く。」
「う、うん、ありがとう。」
 部屋に付く。
 アイゼルは、よろよろのエリーに着替えを持ってきて、汗びっしょりの服の着替えを手伝ってくれた。
「ありがとう。」
「なに言ってんの。」
 その後、アイゼルはエリーの世話を一通りしていってくれた。
「まったく、最近無茶してたんでしょ。」
「……うん。ちょっと依頼が急がしくって。」
「依頼もいいけど、身体も大事にしなさいよ。で、依頼は終わったの?」
「うん、何とか。依頼の品を渡しに飛翔亭まで行って来たところだったんだ。」
「そう、じゃ暫く休めるのね。」
「……かな?」
「『……かな?』じゃないの! 暫くは休むこと! いいわね?」
「……うん、ありがとう。」
「どういたしまして。」
「……。」
「……あー、うー、えーっと、その……。」
「……?」
「そ、そういえば、今日誕生日だったわよね。」
「え? あ、そうだっけ?」
「自分の誕生日ぐらい覚えてなさいよ。」
「あ、そうか、今日は6月18日なんだ。」
「そんなことだろうと思ったけど、ちょどいいわ。自分で欲しかったから買ったんだけど、これをあげるわ。」
 そういいつつ、鞄の中から小さな紙袋を取り出した。
「? なぁに?」
「イヤリングよ。あんまりハデじゃないから、あなたには、ちょうどいいんじゃない?」
「あ、え? あ、ありがとう!」
「あ、いや、たまたま持ってただけよっ!」
「……。」
「じ、じゃあ帰ろっかな。」
「え? 帰っちゃうの?」
「当たり前でしょ! 風邪でもうつされちゃたまんないわ。」
「あ、そうだね。」
「……じゃ、帰るから。……早く風邪治して学校来なさいよ。」
「うん。ホントにありがとう。」
「ええ。じゃあね。」
 アイゼルが部屋を出ていった。部屋が静まり返る。
 天井を見上げる。
 そういえば、なんでアイゼルは家に来てたんだろ。依頼かな? 悪いことしちゃったな。
 横を向くと、アイゼルのくれた紙袋が目に入る。
「開けてみようかな。」
 身体を起こして紙袋を開く。すると、綺麗に包装された小箱が現れた。小箱には赤いリボンまで結んである。
「これって……。」
 明らかに、プレゼントを意識した包装だ。
 慌てて包装を解くと、白い小箱と小さく折り畳まれた紙が一つ。
 きちんと丁寧に折り畳まれた紙を開くと、綺麗な字で書かれたメッセージ。
『ハッピーバースデイ エリー!
 誕生日おめでとう。これからもよろしくね。』
 シンプルだけど、思いが伝わってくる。それに、いかにもアイゼルらしくていい。
それと――
『PS:昨日はゴメンね。私も悪かったわ。ちょっと言い過ぎたわね。
とにかくごめんね。反省してます。』
 ――そうか、私、アイゼルとケンカしてたんだっけ。
「ふふっ、アイゼルったら、不器用なんだから。」
 ――そう、不器用なだけなんだ。不器用が故に、人との接し方も自分の思いとは全く正反対の行動を取ってしまうんだ。
 そう考えたら、益々アイゼルのことが好きになってきた。
 そうだ。今度はお返しにとっときのチーズケーキを持っていってあげよう。
 さぁ、それにはまず風邪を治さなくちゃね。
 布団に潜り込んだ。

 数日後、『3日遅れの誕生日会』が開かれました。
 エリーはチーズケーキを持っていきました。勿論アイゼルに貰ったイヤリングをして。
 その誕生日会には多くの友人が集まりました。
 ノルディス、ミルカッセ、ダグラス、ロマージュ、ハレッシュ、勿論アイゼルも。
 他にも沢山。でも、計画したのはアイゼルだそうですよ。
 誕生日会が始まるときには、みんなそれぞれの思いを込めて言いました。
 『HAPPY BIRTHDAY!!』

(終)


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