マリーのアトリエ番外編

ショートショート1

あの眺望の向こうへ。

 

 

真っ青ないい天気だ。

こんな日はこの丘から遠くを眺める事が最近、多くなった。

別に何が見えるってものでもない。

何の変哲も無い石っころや雑草が広がる草原、魔物が棲みついている訳でもない山々。

本当に、大したものは無い。

ただ、あの眺望のずっとずっと先には一つの街がある。

見えないけれども、確かにある。

わざわざ地図と見比べて調べた、間違いない、この方向。

その街の名はザールブルグ。

 

なんで、こんな、何も無いところで、何もせず、ただ、ぼぉーっと、しているのだろう。

わからない。

いままでこんな気分になった事なんて、無かった。

あの街、ザールブルグにいたころは。

 

全てが充実していた。

日々が輝いていた。

毎日特別な事が起きていたわけじゃない。

でも、そんなことじゃない。

 

私は始めは闇の中の人でしかなかった。

それでもよかった。

私はそれなりに一人でやっていけると思っていたから。

誰も私の影を踏む事すら出来なかったから。

 

でも。

 

そんな闇の中の生活は突然終わった。

 

反省した。

これまでの私のしてきた事を。

未熟な自分を。

 

でも。

アイツも私と同じぐらい未熟だった。

私以上かもしれない。

 

おバカで。

お間抜けで。

おとぼけで。

おっちょこちょいで。

 

すっとこどっこい、っていうのか。

 

でも。

 

いや。

だからこそ。

私は惹かれた。

 

私だけじゃなかったはず。

 

彼女の周りにはいつも多くの人がいた。

みんな彼女といるのが楽しかったんだ。

 

不意に光の照らす世界へ引っ張り出された私。

でも。

嬉しかった。

あんなにお腹抱えて笑った事も、

誰かとお酒を酌み交わすなんて事も、

そんなこと、今まで無かった。

世界が新しかった。

毎日が新鮮だった。

 

でも。

 

人は動く。

彼女は旅立っていった。

 

新しい世界。

 

大丈夫。

彼女なら大丈夫。

じょぶじょぶ、って。

なんだってやっちゃうんだから。

 

私は。

ダメだね。

こんなだもん。

 

不意に、風を切る音。

見上げると、一羽の白い鳥が頭上を真っ直ぐに飛んでいく。

 

あの方向。

 

風が吹く。

冷たい風。

季節が変わろうとしてる。

 

渡り鳥は、世界中を飛び回る。

でも、次の年になるとまた必ず戻ってくる。

 

風は、世界を巡る。

巡って巡って、ある季節になるとまた同じ地を吹き抜ける。

 

そうだね、とりあえず。

 

立ち上がる。

埃を払う。

 

まずは立ち上がる事。

 

そして、その次は、歩き出す事。

 

歩かなきゃ自分のいる場所は変わらない。

 

目的地は、そう―――

あの眺望の向こうへ。

 

 

 

(終)


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